2007年08月31日

弦楽器にも使える、プリマヴィスタ2という合唱練習用のソフトウェア

KAWAIからプリマヴィスタ2という合唱練習用のソフトウェアが出ています。
これが、なかなかおもしろいソフトウェアです。
プリマヴィスタとはイタリア語で「初見」という意味だそうです。
http://www.kawai.co.jp/cmusic/products/primaproducts/primaindex.htm
合唱練習用とうたっていますが、声だけでなく、弦楽器やトロンボーンなど、自分で音程を取る楽器なら、音程を取る練習用に使えます。
まず、プリマヴィスタ2用に楽譜を作成します。
クラシカルミュージックアーカイブを使ってmidiファイルダウンロードして、読み込むこともできます(たぶん)
http://www.classicalarchives.com/
つくった楽譜をプリマヴィスタ2に読み込むと、パソコンが演奏してくれます。
楽譜を見ながら、楽器を弾きます。
パソコンにつながっているマイクが楽器の音を取り込み、楽譜の音とあっているかチェックしてくれます。
音程が正しいと音符に丸が付き、音程をはずすと×が付きます。
音程チェックの厳しさは3段階に設定することができます。
一番甘くすると、かなりてきとうに弾いても正解になってしまいます。
自分の出している音の波形を見ることができるので、音量がばらついたり、音色が大きく変化していることがないかどうかもだいたいわかります。
と、いうことで、おもしろいソフトウェアです。
体験版もダウンロードできるようです。

このソフトウェアを練習に使う上での欠点は、やっぱり、まだるっこしくて、めんどくさいことです。
いちいち、こんなことをやっていると手間ばかりかかって、なかなか上達しません。
これが欠点でしょう。
本末転倒というか、とにかく弾いたほうが練習になるかもしれません。

なお、同じ会社のスコアメーカーは、非常に有用なソフトウェアです。
楽譜をスキャンすると、midiデータになります。
私は、楽譜を見ても、どんな音楽かわかりません。
耳で聞かないとまったく推測できないのですが、スコアメーカーの楽譜の認識力は圧倒的で、だいたいの楽譜はほとんど修正が不要なほど確実に認識します。
posted by 低空飛行 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月28日

存在しない、お手本、模範演奏

あいかわらず、ちっとも上達せず、それどころか、退化している状況が続いている。
志賀高原、那須高原、いや、デカン高原とか、とにかく、高原状態が続いている。

ときどき、うまく弾けてない部分を、おおげさに弾いてもらうと、なんとなく、どんな部分が悪いのかわかる。

しかし、うまく引ける状態とはどういうものかがわからない。
目標が見えてこないのである。

こまったことに、
ぼくのように、拍をきっちり取るとか、音程を正しく取るとかいう、基本レベルになると、お手本を聞かされてもさっぱりわからない。
とくに、ぼくは、”違いのわからない男”である。
あまり耳も良くない。

拍をきっちり取って弾く場合でも、おおげさに弾いてもらえるとわかりやすいのだが、この、”拍がおおげさに正しい演奏”ってのはなかなかできるものじゃないと思う。
そもそも、存在するのだろうか。

だから、お手本を聞いても、『で、なんなの?」ってことになって首をかしげるだけで終わってしまう。

これが、”音の強弱を付ける”とか”表情を付ける”とか、”もっときびきびと”とか、こういうたぐいの目標であれば、おおげさな演奏というのはありうるだろう。
すごく大げさに音の強弱を付ければ、実にわかりやすいだろう。
ああ、そういうふうに弾けばいいのかと思って、目標までの距離のうち、半分でもできれば、けっこう、音の強弱がついた演奏になるはずである。

ところが、ぼくのばあい、くどいが、”拍を正確に取る”が目標である。
だから、お手本を聞いても、『なんか、つまんない演奏だなー』と思うだけで、『何を目標にすべき』なのかさっぱりわからない。
自分の演奏との距離がどれくらい離れているのかも、まったくわからない。
とにかく、違うのはわかるのだが、距離感がつかめないのである。

顕微鏡で時間軸を見るような、そんな、ものすごく大げさに、拍を正確に取った演奏というものが存在すればよいのだが、そんなものは存在しないだろう。
正しく拍を取った演奏と、大げさに正しく拍を取った演奏は、まったくイコールであるはずだから。

同じように、音程についても、正しい音程で弾く演奏と、大げさに正しい音程で弾いた演奏とはまったくイコールであるはずで、2つの演奏の間に差はない。

だから、よくわからない。
混迷の日々は続く。

今日のBGM
現代曲だが聴きやすい。
現代曲らしさがないぶん、魅力に乏しいかも・・・・
やっぱり甘いメロディがないと・・・
ゴルトシュミット:チェロ協奏曲、クラリネット協奏曲、ヴァイオリン協奏曲
ゴルトシュミット:チェロ協奏曲、クラリネット協奏曲、ヴァイオリン協奏曲

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2007年07月23日

ますますうまくいかないボウイング

基本的なボウイングで泥沼にはまりつつある。

先週、ボウイングがまっすぐ、弦と直角の軌道を描いていないという指摘を受けた。
その後、意識してボウイングを練習しているが、ますます、できない状態に陥っている。
曲を弾くと、弓の動きがばらばら。
弓が弦と直角どころか、弦と平行に移動したりする。
適当な音を出してボウイングしてみたが、めちゃめちゃ。
弓が平行移動するときのシューっというノイズが以前より盛大に出るようになった。

つまり、以前より、雑音が増え、音が汚くなった。

腕がだるくなっても続けたが、どんどん音が汚くなるのがわかる。
これじゃあ、3年目というのに、振り出し、いや、振り出し以前に戻ったといっても良いだろう。

今日のBGM
おじさんになった私自身、若いころから聴いてきた思い出の曲。いろいろ思い出のある曲ばかり。
好きかどうかは微妙ですので何度も聴くことはできませんが
オフコースi (ai) (DVD付) [Best of] [Box set]
オフコースi (ai) (DVD付) [Best of] [Box set]

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2007年07月20日

弓が駒寄りになる現象

ぼくのヴァイオリンで一番気になるところは、弓の軌道が一定しないことだろう。
時々、弓が駒寄りになる現象が見られる。
弓が駒の頂上を越えてテールピース側に行ってしまうことさえある。

なぜか、この現象は、けっこうノって弾いているときに起こるので厄介だ。
この現象がおきると、ショックが大きい。
ノっているときに、ネガティブな事象が起こるからショックのカウンターパンチとなる。
以後の演奏はメタメタになる。

自分ではどうにもできないようである。そこで、
弓の軌道を確認するために、ビデオ撮影してみた。
ゆっくり再生してみると、新しい発見が!!

今まで、弓が駒寄りになるときは上げ弓で軌道がずれているのだと思っていたが、どうも違うらしいのだ。
実は、下げ弓で軌道のズレが始まっているらしいのだ。
ビデオを見る限りではそう見える。
で、ずれた軌道のまま弓を持ち上げるから、駒寄りになるというわけだ。

おそらく、弓を下げきったときの手首の使い方がまずいのだろう。
今まで、上げ弓ばかり気にしていた。
もちろん、上げ弓が原因の場合もあるだろう。
が、ビデオで見る限り、下げ弓が根本的な原因のようだ。
弓を下げきるまでの手首の使い方、これだ。
ヴァイオリンを始めて3年経過しているから、もし、下げ弓が主な原因だとすると、時間の浪費ははげしい。
いままで何をやってきたのか、ということになる。

と、いうわけで、心機一転、さっそく、ボウイングの練習をやりなおしてみたが、やっぱり、駒寄りになる。

やっぱり、ダメ。

どうにもならんわ。

今日のBGM
これはノれますね。爽快です。クラシック音楽がこういうノリノリの音楽に変身するとは驚きです。いったい何語でうたっているのかという疑問もありますが・・・
エターナル(ミリアム・ストックリー)
エターナル(ミリアム・ストックリー)

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2007年07月16日

進歩しない

カーペンターズ

ここ2,3週間、昨年の春ころまで熱心に練習していたカーペンターズの曲、青春の輝き、トップオブザワールドの楽譜を引っ張り出して弾いている。
弾けない。
リズムについていけない。
去年もどうしてもリズムが刻めず、ナミダが出るほどにくやしかったが、1年以上たっても状況は変わらない。
当時の先生は「いつかは弾けるようになるでしょう」と、いって、このへんで別の曲に移ることを提案してくれた。
自分が弾きたい曲だからみてもらったのに、弾ききれなかった。

学生のころの思い出の曲

やさしい編曲のClose To Youとイエスタディワンスモアも弾いているが、弾けない。
こっちの2曲はリズムはずっとやさしいのだが、それでも弾けない。
Close To Youのスイング感などできるはずもない。
何度もやってみるのだが、ぎくしゃくしっぱなしである。
もっとも、声で歌ってみても、どうにもヘンな歌にしか歌えない。

技術的な向上が見られない

昨年、高原状態となり、他の曲に移る提案にはホっとした。
今回、1年たって、結局、技術的な向上がほとんどないとわかったのが残念だ。
実際、1年でどれくらい進歩したのか。

タモリとヴァイオリン

テレビでタモリがヴァイオリンをふざけてめちゃくちゃに弾く場面があった。
出てくる音の響きのばらつきとか、リズムのめちゃくちゃさとか、弓の軌道があばれることとか、ぼくの弾くヴァイオリンに似ているなと思った。
タモリはヴァイオリンを始めて触ったと言っていた。
いったい、3年もやっているぼくは、何をやってきたのだろうか。

今日のBGM
バルトークのピアノ曲ミクロコスモスシンプルでありながら、透明で、しんみりとした音楽はすばらしい。聴いても脈拍や血圧が上がらないので健康にも良い。気持ちが落ち込んだときに適していると思う
山崎孝のバルトーク:ミクロコスモス
山崎孝のバルトーク:ミクロコスモス

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2007年07月09日

緊張

先日、人間ドックへ行ってきた。

歳であるから、ここ数年、毎年行っている。

昨年からは胃の検査をバリウムを飲むことから胃カメラに変えた。
そろそろ歳であるから、このほうがよいだろう。
ごく小さいやつだがポリープもあるので、1年間の変化を見てもらいたいわけだ。

緊張

準備からして緊張の連続だったが、さて、
いよいよ胃カメラを入れるというところで、先生「なーんだ、なんでこんなに緊張してるんだー。これじゃ、はいらねーよー」
である。

まいったなあ。
なんでもかんでも緊張してしまう悪い癖がこんなときにも出てしまった

自宅での録音でも緊張

ぼくは、とにかく緊張する。
ところが、まわりにはあまり伝わらない。
こっちが緊張していても、それはあまり、伝わらない。
普通にボーっとしているので、緊張がバレないのだ。

しかし、何かしゃべると声は震えるし、声も小さいし、笑いがぎこちないし、体がかたくなったりしているからばれてしまう。

(逆に、緊張していると、けっこう大きな声と早口でしゃべるときもある。こっちの症状が出ると、好調というか、ハイになっているような印象を他人に与えるので、さらにやっかいである)

自宅でヴァイオリンを録音するときも緊張する。
ドキドキする。
体に悪いからあまり録音しない。

以前、よくカラオケをうたって録音していた。
自分しかいない自室で歌っていた。(これも不気味といえば不気味だが)
誰に聞かれているわけでもないのに、緊張して、リズムをはずす。
どうしても、リズムがはまらない。
涙が出るほどつらいが、何度もやりなおして、なんどもやりなおす。
でも、リズムがずれてしまう。

緊張して、体が硬くなっているから、脳が命令してから、体が反応するまで、最低でも、たぶん1000分の11秒は遅れている。

音程もずれる。
音量のダイナミックスもばらばら。
伸ばしている音が途中で大きくなったり小さくなったりバタバタする。
フレーズの途中で音の大小がバタバタする。

楽しむために歌っているのに、修行のように苦しいのではやってられないから、歌うのはやめた。

ソフトボール大会の思い出

体を動かすのが苦手である。
緊張して硬くなることが多いので、小学校のころから体育は大の苦手である。
特に、順番を待つ種目が苦手。
だれでも多少はそういう傾向はあるのだろうが・・・

たとえば、跳び箱。マット運動。
並んで自分の順番が来るまでに緊張が増して、自分の番のときはガタガタ。
打順というものがあるソフトボールなども苦手。

社会人になってから、ソフトボール大会に、若いという理由だけで駆り出されたときがある。
後半になって出場ということになり、いよいよ出番というとき、自分の打順が近づくにつれ、全身ガチガチで、ノドはカラカラ、手はぶるぶる震えて、足はガクガクいっていた。
自分の一人前でゲームセットになって、ホっとした。
命が救われたような気がした。

緊張

軽く緊張するのはいいのだろうが、ここまで硬くなると、どうにもならない。
自室で一人で音楽していても緊張するっていうのは、度外れている。

ぼくが緊張しやすい原因は、臆病なところにあると思う。
音を出すことがこわくて出せないのだ。

ヴァイオリンやっていて、そんなバカなことがあるのかって?
音を出せたらいいなというあこがれがヴァイオリンをいじらせているのだが、臆病だからどうにもならない。

そんなわけで、いつになっても、なめらかに弾けそうな気がしない。
ぼくのヴァイオリンはいつも緊張した固い音しか出ない。
臆病なぼくには、こころを開放することはできない。

ノビノビとか、大胆とか、おおらかとか、そういう音は何百年やっても出せないだろう。
そんな音が出せたらどんなにいいだろう。
臆病な性格に邪魔されず、おもいっきり音を出せたらどんなに気持ちが良いだろう。

今日のBGM
岩代太郎の作曲による、『愛の香り~Fragrance Of Love』がめちゃめちゃキレイでお気に入りです
高嶋ちさ子のラヴィン・ユー
高嶋ちさ子のラヴィン・ユー

posted by 低空飛行 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月01日

練習が楽しくなるきっかけを作る

自分にとって、大きな壁は練習を続けられるかどうか
もともと、ヴァイオリンが好きではじめたのに、練習したくない日がある。
弾くのも聞くのもいやになるときがある。
あのキーキーという音がいやになるときもあった。

何かを始めたのはいいが、練習が続かなくて中途半端になることは、いままでにもたくさんあった。
続けるのが苦手なのである。
ヴァイオリンも例外ではない。
地味な練習は苦しい。
楽しむ前に、苦しい。
楽して弾けるようになりたい。要するに自分勝手なのである。

「今日くらいはいいや」と思っているうちに1週間が過ぎてしまうことも何度もあった。

「趣味としてやっているだけだから、そんなにガリガリやらなくても」と、今までガリガリやったことなど一度もないのに、こんな言い訳を考えて、何もしないで1週間が過ぎてしまうこともあった。

たしかに無理して続けることもないだろう。
でも、続けられれば、その先があるが、続けられない場合は、その先という点では、何が残るか。

続けるきっかけは何でも良い。
練習が楽しくなれば何でも良い。
練習が楽しくなって続けられれば、もうけものである。

楽器をそばに置く
練習を続けていく上で非常に重要なことだと思う。
楽器はいつでも手の届くところにおいておく
ケースに入れてはいるが、アクセスはしやすい
楽譜もすぐ近くにおいてある。
だらしない性格なので、整理はされていないが、いちおう、取り出しやすくはなっている。

弓を新調する
弓を新しく買った。
今までの弓で弾きこないしていないのに、新しく買っても無意味だ。
そういう人もいるだろう。
だが、資金は要したが、気分が変わって、弾くのが楽しくなった。
これで練習が楽しくなるなら、資金を投入した価値はある。

弦を変える
弦を変えてもだめなものはだめ。弦に頼るのはよいことではない。
そういう人もいるだろう。
しかし、弦を変えて気分が変わり、練習が新鮮になるなら、これ以上の効果はないだろう。

楽器を変える
今の楽器さえ弾きこなしていないのに無駄だ。
そういう人もいるだろう。いや、そういう人ばかりかもしれない。
でも、ときどき楽器を変えると、気分が新鮮になって、弾く気になる。

特に、新しい楽器にすると、すごく弾きたい気分になる。
それによって練習に熱が入るなら、効果抜群ということになる。
楽器を変えることはぜったい効果があると思う。
いきづまっているときは、これだ。

新しい曲をやる
今やっている曲が中途半端なのに、新しい曲に移ってもだめ。
曲は弾きこんでこその練習ではないか。
そういう人もいるだろう。いや、そういう人ばかりかもしれない。

でも、ぼくみたいに、おじさんヴァイオリンでは、ある程度やって弾けないなら、いくらやっても弾けない。壁を乗り越えられないこともある。
高原状態になりやすいのだ。

そういうときは、ふもとの空気をたっぷりと吸うことが必要ではないだろうか?
それこそ、プロになるわけでもないなら、遠回りもありでは、と思う。

CDを聴いたり、演奏会に行く
これを否定する人はあまりいないかも。
聴くことでやる気が出ることはある。
でも、かえって元気がなくなることもある。

いろんな人に意見を聞く
他の人はどんな考えをしているのか聞くと面白い。
その人の立場もあるので、いろんな意見がある。
まったく正反対の意見を言う人もいる。

ところで、今まで、中立の立場で意見を言える人に会ったことはない。
あたりまえかもしれないが、だれもが、自分の置かれている立場を前提に発言する。
その人の立場を考えると、そうだよなあ、と思うことも多い。
なんで、この人はこういうふうな意見を言うのか、その辺を推察するのが実に面白い。

今日のBGM
なんか、すごく大げさな部分とのんびりした部分とがまざりあっていて不思議な気分になる
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲 第1番&第2番、ロマンス(馬あぶより)
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲 第1番&第2番、ロマンス(馬あぶより)

posted by 低空飛行 at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月23日

新しい弓ARCUSのカーボン弓

会場のエアコンの音が妙にうるさかったからイライラした・・・
子供が、クアーという声を挙げたから調子が狂った・・・・
普段着慣れない衣装を着ていたから、緊張した・・・・
ジャケットの肩パッドのせいでヴァイオリンがうまく固定できなかったため、弓の操作が難しかった・・・
エアコンがきつかったせいか、弓が重かった・・・
自分が弾いているとき、会場の座席においてきた財布が気になって仕方がなく、演奏に集中できなかった・・・

このように、
発表会でうまく弾けなかった理由を自分以外の要因に押し付けようとするのは、低空飛行精神のぼくにとっては自然なことかもしれない。
そりゃあ、ぼくだって、本当の原因は百も承知だ。
でも、寅さんじゃないが、それを言っちゃあおしまいよ。
それを言っちゃったら、あまりの打撃の大きさに、ヴァイオリンを続ける意欲をなくしてしまうかもしれない。
ぼくみたいな人間には、逃避は絶対に必要だ。

他のものに失敗の責任をなすりつけようとする。
つくづく、ぼくは小人物であり、低空飛行である。
でも、それで、自分のヴァイオリンへの意欲がいくらかでも長続きするならば、それもありだろう。
なにも、ぼくは、演奏家を目指しているわけではない。
ヴァイオリンは、単なる趣味である。
弾けても弾けなくても失うものは何もない。
だったら、自分の責任を重く見ろとは思わない。
失うものは何もない、だからこそ、むしろ、短絡的に他の要因に責任を押し付けてしまいたいのである。
そうでなければ、ストレス解消の趣味とはならないだろう。
ヴァイオリンで苦しむなんぞ、まっぴらごめんである。

まず、うまく弾けなかったのは弓のせいかも?
と、ぼくは、思った。
そう思うことで自分が救われれば、それでいいとぼくは思う。
そう思うことで自分の真理的な負担が小さくなれば万々歳である。
プロのヴァイオリン関係者には想像もつかないことかもしれないが、ぼくは、そんなふうに思うのである。

そこで、ぼくは、ネットをさがしまわり、
ARCUSの弓を購入した。
10万円を超える大出費である。
でも、これを探しているときはすごく楽しかった。
こんなワクワクドキドキする時間などそう多くはない。

店まで行っても、ぼくじゃあ、どうせえらべない。
気が小さいから店員のすすめるものを買って帰るだけだろう。
卑屈になって、自分が主となる買い物はできないだろう。
そうするってえと、通信販売のリスクと、店で選ぶリスクはそう変わらないだろう、と考えた。
だから、ネット販売で買った。

届くまで、新しい弓を期待したためか、ヴァイオリンの練習にも熱が入った。
練習を毎日やること自体すごい効果である。
これだけでも新しい弓の効果はあった。

昨夜、届いた弓を初めて使ってみた。
手ではじくとカーボンの音がする。
指先でなぞると、鉛筆の芯か、練炭の周りの部分か、そういった感触がある。

この弓は、すばらしく軽い。51グラムとか?
そして、すごく弾きやすい。
腕や指も新鮮な感覚を満喫しているかのようだ。
この軽さとバランスと弾力の強さが刺激となって、ずいぶんと楽しく弾けた。

繰り返すが、ぼくは、演奏家を目指しているわけではない。
ヴァイオリンは趣味である。
だから、新しいクツを物色して買うのが楽しいように、ヴァイオリンの弓をさがしまくって買うのも楽しい。
ヴァイオリンの弓だって、魔法の品ではない。
クツや本や、CDや、PCを買うのと同じである。

発表会が終わって、新たなスタートを切る儀式的な行事としてもバッチリであった。
いまのところ、新しく弓を買ったことは大成功である。

今日のBGM
この曲の作曲を依頼したメニューインの演奏
それだけでも価値のある演奏かも
バルトークの無伴奏ヴァイオリンソナタ
バルトークの無伴奏ヴァイオリンソナタ

posted by 低空飛行 at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月22日

歌とヴァイオリン

最近、花粉症がよくならず、年がら年中鼻づまりで、声もうまくだせないし、セキ込むことも多くて、歌を歌うのは難儀だが、
歌うことは好きだ。

先日も高校の同窓会カラオケして喝采を浴びた(と、思う)。

が、ぼくの歌には大きな欠点がある。
リズム感が悪いこと、
声の大きさのばらつきが大きいこと。

ところが、多くの人はこれに気づかない。
リズム感の多少の狂いはわからないようだ。
あと、声の大きさのバラつきが激しいこともわからないようだ。
トーシロ相手なら、歌の欠点をごまかすことができる。
アコースティックな場所ではなく、カラオケボックスのような場所だとちょっとしたプロでもごまかされてしまうかもしれない。

20代後半だったか、30代だったか忘れたが、音楽祭だったか音楽コンクールだったかに、エントリーしたことがある。
歌でエントリーした。
テノールだったかなんだったか、昔のことなので忘れてしまったが、エントリーはした。
とんでもないドンキホーテである。

オーディションの日が近づいて、出場をやめることにした。勝手に。
だって、合格するはずもない。
はじめから申し込むべきではなかったが・・・
勝手に舞い上がっていたのだ。

自分の歌を録音してみると、かなり、おかしいが、多くの人はなぜか感心してくれる。
どこがおかしいかというと、長い音が伸ばしきれない。
長い休止符も待ちきれない。
リズム感そのものがよくない。ずれている。
発音の最初が音が小さく、その後ずいぶんと音が大きくなる。
ぅぅううううとか、ぁぁあああとか、そういう感じで歌ってしまう。
たとえると、サイレンのような音でうたってしまうのである。

考えてみると、これが、ほとんどそのまま、ぼくのヴァイオリン演奏に影響している。
歌の欠点をヴァイオリンが実に忠実に引き継いでいる。
つまり、ぼくの脳そのものが、そういう音楽をするようにできているらしいのだ。
なおかつ、ヴァイオリンの演奏は歌うよりも下手である。

なんか、つらいなー
今日のBGM
オイストラフとセルの演奏は繰り返し聞くのに耐える演奏だ
オイストラフの演奏は窮屈さを感じさせなく、何度聴いても新たな発見があり飽きない
セルの伴奏がカッコよい一方で、派手過ぎないのがいい
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲

posted by 低空飛行 at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月21日

おじさんには、なぜか弾けない日がある

50歳を過ぎて、ますます、忘れっぽくなった

たとえば、漢字を忘れる。
とても簡単な漢字を忘れる。
たとえば、最近は「性質」という漢字が書けなくて往生した。

漢字は、最初の勢いが大事と思う。
筆順の最初のほうで、何か雑念が入ると、あれっ、この字どう書くんだっけ。ということになりやすい。
不思議なことに、書けなくてあせった漢字も、その次の機会には何の問題もなく書けていたりする。
で、また10分後に書けなくなっていたりして、さらに30分後には、問題なく書けていたりする。

これって、「あれっ、何か大事なことをしようとしていたんだけど、あれー?何をしようとしていたんだっけ」と途方にくれるのと似ているような気もする。

お店に到着して、「あれー、何を買いに来たんだっけ?」と、いうのとも似ているような。

老化は恐ろしいものである。
ぼくだけの現象かもしれないが。

ところで、最近は、ひらがなも度忘れすることがある。
ひどいもんである。

ヴァイオリンも似ている。
昨日、けっこうスラスラ弾けた曲が、なぜか、今日は難儀する。
気持ちよく弾けた曲が、今日は、1音1音さぐりながらでないと弾けない。
まるで、退化してしまったかのように。

”そんなことあるかいなーウソやろー”と疑惑を抱く人も多かろう。
”練習不足だろ!”となじる人もいるだろう。
”練習の仕方が悪い”と文句を言う人もいるだろう。
”医学的、科学的に考えてありえない”と言う人もいるだろう。
だが、誰がなんと言おうと、事実なのである。

小学校のころから書けていた漢字が突然書けなくなる一瞬があるように、ヴァイオリンが突然弾けなくなる1日がある。
30分前に弾けていた1節が今は弾けなくなっているということも実際にあった。

かと思うと、以前弾いたものの、すっかり忘れていたと思った曲がなめらかに弾けたりする。

推測だが、原因は、勢いである。何も考えないで弾けるかどうかの勢いの差である。
最初、助走を付けるときに、雑念だかなんだかが脳に入り込むと、とたんに弾けなくなってしまうのだ。
考えようとすると、かえって弾けなくなる。
若い人には想像もつかないことだろうね。
努力してもダメなことってあるものなのだ。

今日のBGM
アッカルドのバッハ
あっかるいなー。すがすがしいなー
まるで青空
バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ
バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ

posted by 低空飛行 at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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